紡績機械


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紡績(繊維工業)機械類

 収蔵品の多くは東京農工大学・繊維博物館の収蔵庫が一部取り壊しになったときに寄贈されたもの。繊維産業は関西の代表的な産業の1つで、大半は第2次世界大戦前の機械。
 輸入品数点を含む力織機(毛用、絹用)、孵卵器、開繭機、靴下編機など27点。(1988年寄贈)

 なお、繊維機械は多種多様なうえ、知識も乏しいため、いくつかの機械は用途を特定できませんでした。ご存じの方はご一報ください。

●孵卵器、開繭機
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カイコの孵卵器

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カイコの開繭機(かいけんき)

●綿切り機
 綿花から綿とタネを分離する機械。綿繰り器などとも呼ばれています。明治時代から昭和20年頃まで使用されました。

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●イタリア式撚糸機
 綿織物にしろ毛織物にしろ、糸にするという紡糸作業が必要だった。これは同時に何十本もの糸に撚りをかける機械(国産)

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●毛糸のギル精紡機
 毛糸を作るときにぐちゃぐちゃの羊毛をならして糸をよじりだしていく機械

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毛糸用のギル

●繰り糸機
 できあがった糸をまとめる機械です。以下の2点の写真がそうだと思うのですが、ちょっと自信ありません。ご存じの方はお教えください。

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上2点とも紡糸機械だとは思いますが……??

●靴下編機
 明治期のもの。自社のラベルを貼っていないので、外国から来たやつをモデルにして、日本の鉄工所が作ったものだと推測されます。完成品は靴下というより筒状のものができます。これは軍足と呼ばれるもので、足裏がいつも違う部分が来るので、長持ちすることになる。軍需品として活用されました。
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靴下編み機

●靴下のリンキング機
 リンキングとは、靴下のつま先部分の編目を1目ずつ拾って縫い合わせる方法(一般にいう「かがり縫い」)。戦後になると、軍足ではなく、ちゃんとかかともあるようなL字型のものが作られるようになった。もちろんまだナイロンなどはないので、木綿の加工機。 土台の部分が木製なので、やはり日本国内で外国製品をまねして作ったものと思われます。そのヘッド部分。

 なお、時代が下ると手間のかかるリンキングは消滅し、「ロッソ」という直線的な縫合が主流になりました。

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リンキング機

●力織機
 手機(てばた)から力織機(機械織り)への転換によって、安価な製品の大量生産が可能になりました。

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絹用の力織機

※下の写真2点も力織機だと思うんですが、またしても自信ありません。用途など知ってる人は教えてください。
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●絹織物用の専用機械
 正式名が不明ですが、絹布をきれいに整えるもの
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●織物の摩耗試験器
 何回やったら穴が空くかといった性能を調べるもの(2点とも)
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●繊維機械のマザー
 機械をどう改良したらよりよくなるかという技術試験器。大阪府立産業技術研究所にあったもので、この機械を手本に、全国各地のメーカーが新しい紡績機械を作ってきた。

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●ジャガード織機
 縦糸も横糸も同じ糸で編んでいくのは簡単だが、これはいきなり地模様を織り込んでいく非常に高度な機械。チョウチョや般若の模様を最初から織り込んでいくわけで、二進法の概念で成立している。

 江戸から明治の初期までは、最低1人か2人の人間が機織り機の上に乗って糸の変更を指示していたが、それをフランスのジャカードが自動的に模様が出てくるように改造した。そのためジャガード織機と呼ばれる。その進化形としてジャガード写し彫り機もありましたが、撮影はできませんでした。

 京都織物株式会社が1909(明治42)年にフランスから輸入したもので、昭和47年頃まで京都・西陣織協同組合で使用された。(1984年寄贈)

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ヘッドの部分

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ジャガード織機の土台部分だと思いますが、もしかしたら違うかも